自分次第!美容師としての働きかた (日本)




私が日本で働いてたのはもう2年前ですが…(´Д` )
以前、美容師の新しい働きかたの提案ブログをよく見るので文章を暖めてました。笑

私は、アシスタント〜デビュー1年、4年間渋谷の個人店で勤めた後、業務委託のサロンへ移りました。

渋谷の店は、住宅地の方で年齢層も高く、終わるのが‪7時‬!と早い店だったので、とにかく練習しました。早くスタイリストになりたくて。
先輩にはよく、まだいいよ。何を生き急いでるの?と言われていました。
デビューして1年、なかなか新規のお客様は来ない店だったので、自分で集客かモデルをやる日々。

世界一周の目標のため、
実はデビュー後休みの日 週一夜だけ、バー( 普通の!笑)でアルバイトもしていました。
そして美容師としてとにかくお客様を出来る環境を求め、委託へ移りました。

当時24歳。委託サロンで回りは30歳以上の店長経験者ばかり。まだまだ学生時代の友達はアシスタントの人も多く、え、その歳でなんでココにいるの!?と驚かれもしましたが、一人のスタイリストとして尊重してくれつつ、質問すれば教えて頂きました。
このサロンが当時その地域では唯一の委託サロンだったため、安くて一人の美容師が最初から最後までやってくれると大繁盛。指名のお客様も出来て半年でだいぶ自信をつけさせてもらえました。
そして世界一周後も同じ店へ戻ってきました。

その後南米旅へも行き、戻ってきたころには、その地域に5件の委託美容室!
(そのうち1件は系列店、2件は先輩が独立)
以前ほどの賑わいはなくなって来ました。
当時はおかげさまで店一番の指名数がいたので、委託サロンの出勤日を減らしてまたバイトをすることにしました。
そこで選んだのが1000円カット。その店は1300円で、そうは思えない適確なカットで、こちらも大繁盛店。床屋寄りのカットだったので、その技術を教わる事も出来ました。

そのようにフレキシブルな店で働いていたので、基本休みは10日に一回、週1.2回半休。
でも4ヵ月に1度、1週間休みで国内旅行もしながらフィリピン留学・ワーキングホリデーの資金も貯められました。

当時としては私は珍しい方だったと思います。でも、正解だった。今こうして自由に生きていられる。
でも今は、これからは普通の選択肢として広まっていくのはとてもいい流れだと思います。
何よりも、美容師は素敵な仕事。 薄給•長時間労働だけじゃない働き方だってある。
ちなみに手荒れも委託に移って治りました。

私がアシスタントの頃は、「とにかく早くスタイリストになりたい」→「スタイリストになったら人生経験として他の仕事もしてみたい←」→「人生の夏休みとしてピースボートに乗りたい」その後はまた美容師に戻りたいので、スタイリストとしての自信をつけてから辞める。

という目標は持っていました。

将来どういう人生を歩んで行きたいのか?
遠い未来だけでなく、近くの未来を考え、目標を持つことが結構大事だと思います。

そうすれば、どこは必死に頑張るべきなのかが見えてくるし、乗り越えられます。

何事も選択肢が多い昨今。
私が完全帰国する頃にはどうなっているか、不安混じりのどきどきわくわくです☻








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ABOUTこの記事をかいた人

yuki

1987年生。埼玉出身。 早稲田美容専門学校卒業。 代官山のサロンで4年勤めたのち委託サロンへ。3年間仕事と旅を両立。 2015年 フィリピン セブ語学留学後、ワーキングホリデースタート。 現在海外生活3年目。 2017年後半旅再開、2018年日本で美容師に戻る予定。